室蘭簡易裁判所 昭和38年(ろ)45号 判決 1963年11月13日
被告人 亀田八蔵
大一三・二・一一生 船長
主文
被告人は無罪。
理由
一、本件公訴事実の主位的訴因は、
「被告人は、貨物船第五島田丸の船長であるが、昭和三七年九月九日頃、函館において若崎寿一を右船舶の船員として雇入れ、翌一〇日頃、秋田県船川港に入港したのに遅滞なく海員名簿を提示してもよりの海運局長に対し雇入契約の公認を申請しなかつたものである。」というのであり、
予備的訴因は、
「被告人は、貨物船第五島田丸の船長であるが、昭和三七年九月九日頃、函館において若崎寿一を右船舶の船員として雇入れ、同月一一日頃、山形県酒田港に入港したのに遅滞なく海員名簿を提示してもよりの海運局長に対し雇入契約の公認を申請しなかつたものである。」というのである。
二、そこで証拠を検討すると、被告人の当公廷における供述、被告人の検察官及び海上保安官に対する各供述調書、海上保安官高松清治作成の犯罪事実現認報告書、押収にかかる航海日誌一冊(昭和三八年押第三二号の一)を綜合すると、
(一) 被告人は汽船第五島田丸の船長であること。
(二) 第五島田丸は、昭和三七年九月八日午前八時頃、青森県尻屋港を出港し富山港に向つたが、途中荒天のため同日午後一時三〇分頃、函館港に避難のため入港したこと。
(三) 函館港において、同船の甲板員須藤光男が身体の具合が悪いとの理由で下船したため、その後任として若崎寿一を雇入れることになり、同人は同月九日午後九時頃、同船に乗船したこと。
(四) 被告人は同月九日が日曜日であり、また夜間でもあつて海運局が事務を取扱つていなかつたため、函館港において若崎の雇入契約の公認を申請せず、同船は同月一〇日午前一時二〇分頃、同港を出港したこと。
(五) 同船はその後時化のため同月二二日午前零時二〇分頃、秋田県船川港に避難入港し、同日午前五時五〇分頃、同港を出港したが、同港においては岸壁に接岸せず、深夜でもあつたため被告人は若崎の雇入契約の公認を申請しなかつたこと。
(六) しかし、同船は時化のため再び同日午後一時五〇分頃、山形県酒田港に入港し、同日午後二時三〇分頃繋船を完了し、被告人は上陸して本社に電話連絡し帰船したところ海上保安官の船内巡視が行われており、その際同日午後三時三〇分頃、若崎の雇入契約の公認申請未了の事実が発見されたこと。
を認めることができる。
三、船員法第三七条第一項は、「船長は、雇入契約の成立、終了、更新又は変更があつたときは、命令の定めるところにより、遅滞なく、海員名簿を提示して、行政官庁に雇入契約の公認を申請しなければならない。」と規定し、船員法施行規別第一八条、第一九条は、雇入契約の公認申請は、もよりの海運局等の事務所において海運局長等に対し、海員名簿、船員手帳を提示し、所定の書式の申請書を提出してなすことを定めている。
右規定によれば、船長は、船員の雇入契約が成立したときは、遅滞なく、もよりの海運局等の事務所において、海運局長等に対し、所定の書類を提出して、雇入契約の公認を申請すべき義務を負い、船員法第一三三条第一号によると、右規定に違反して雇入契約の公認を申請しなかつた者は三、〇〇〇円以下の罰金に処せられるのである。
四、検察官は、まず、被告人が船川港において若崎の雇入契約の公認を申請しなかつた点に申請義務違反があると主張する。
しかしながら、さきに認定したとおり、第五島田丸が船川港に入港したのは昭和三七年九月一一日午前零時二〇分頃で、出港したのは同日午前五時五〇分頃であり、入港の目的は時化を避けるためであつて同港においては岸壁に接岸せず、被告人は深夜で海運局の執務時間外であるため、若崎の雇入契約公認を申請しなかつたのである。しかも証人中谷吉秋の証言及び被告人の当公廷における供述によると、海運局においては執務時間外は原則として雇入契約の公認申請を取扱わないこと、ただ昭和三七月九月末日までは執務時間外においても手数料を倍額徴収して右契約の公認申請を取扱つていたが、この場合においても、職員の待機の関係から前もつてその旨の連絡をとることを要求していたことを認めることができるのである。
船員法は、船長に対し、船員の雇入契約成立後遅滞なく雇入契約の公認を申請すべき義務を課しているが、本件のように深夜時化を避けるため入港仮泊し、早朝出港する場合において、船長に深夜海運局等に事前連絡したうえ、その事務所に出頭し、雇入契約の公認を申請すべき義務までを課したものと解することは相当でなく、また海運局等の執務開始時間まで出港を延期し、右契約の公認を申請した後出港すべき義務を課したものと解することも到底できない。
従つて被告人がさきに認定したような事情から船川港において、若崎の雇入契約の公認を申請しなかつた事実をもつて、船員法第三七条の規定に違反したということはできないのであり、主位的訴因として掲げられた事実は同法第一三三条第一号に該当せず、罪とならないものといわなければならない。
五、次に検察官は、予備的訴因として、被告人が酒田港において若崎の雇入契約の公認を申請しなかつた事実をもつて同法第一三四条第一号に該当すると主張する。
しかし、さきに二の(六)において認定した事実によると、第五島田丸が酒田港に入港し、繋船を完了してから、海上保安官により雇入契約公認申請未了の事実が発見されるまでの時間は約一時間にすぎず、その間被告人は上陸して本社に電話連絡する等の業務に従事していたのであつて、入港直後における船内の繁忙を考慮すると、この程度の時間的経過をもつて被告人が同法第三七条の規定に違反して雇入契約の公認を申請しなかつたということはできない。
されば、予備的訴因として掲げられた事実もまた同法第一三三条第一号に該当せず、罪とならないものである。
六、結局は本件は罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三三六条前段により被告人に対し無罪の言渡をすることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 神垣英郎)